安心・安全な樹脂溶液で健康、環境への不安を払拭したい! NMPフリー化への取り組み

NMPフリー ポリアミドイミド樹脂

開発のきっかけ

すぐれた耐熱性、耐摩耗特性で、高温・高荷重環境での用途を中心に重用されているポリアミドイミド(以下PAI)。自動車部品の潤滑塗料や厨房器具用のフッ素塗料のバインダーとして欠かすことのできない樹脂材料だ。当社ではこのPAIを溶剤に溶かし、より精巧なコーティングが可能な樹脂溶液の形態で「HPCシリーズ」として塗料メーカーなどのお客さまに提供している。
当社を含め、この樹脂溶液の溶剤として広く使われてきたのが、Nーメチルー2ーピロリドン(以下NMP)だが、近年特にその毒性が懸念されるようになっている。作業者の健康被害および環境への悪影響に鑑み、2020年からはEUヨーロッパ地域で「制限対象物質」に指定され、化学物質への使用に規制がかかることが決定している。欧州では、従来どおりNMPを使い続ける場合には、使用の届け出や作業者のばく露濃度管理、揮発した溶剤の回収用設備への投資など、厳しい負担が必要となる見通しだ。
海外を中心に、より毒性の低い代替溶剤への切り替えが求められる傾向が強まっており、この動きは今後アメリカ、そして世界中の企業に波及していくと考えられている。
こうしたNMPに対する世界的な規制強化の動き、そしてPAIを使用した製品でEUエリアとの取引を持つお客さまからの強いご要望の声を受け、当社ではNMPを使用しないPAI樹脂の開発をスタートさせることとなった。

技術の壁

NMPがこれまでPAIの溶剤として多くのメーカーで利用されてきたのは、何より両物質の類まれな相性の良さからだった。溶解性が高いうえに溶液の安定性にも優れ、作業性がよい点も含めて幅広い分野で評価されていた。現在問題となっている毒性を除き、多くの秀逸な面を持つNMP。その使用を控え、機能やコストの面で遜色ない代替溶剤を探すことは容易な挑戦ではなかったのだ。
実際、当社研究チームでは、代替溶剤を求めて様々な条件で実験を行なったが、「NMPフリー化」の実現は困難を極めた。樹脂が十分に溶解せずに析出してしまい、合成がうまく進まないことや、溶解しても時間の経過とともに凝固してしまうケース。熱硬化の工程でも、きれいに固まらずにひび割れが起こったり、強度のない被膜となってしまったりと失敗続きだった。試薬レベルのものも含めた50種以上の溶剤に、合成の温度、時間、触媒の有無などの条件を掛け合わせ、ひたすら実験を繰り返した。約2年に及ぶ地道な挑戦を続けたものの、求める成果には遠く、一旦開発は頓挫することとなった。

当社ならではの技術

中断していたNMPフリー化への取り組みは、それを必要とするお客さまからの熱望の声によってリスタートを切った。再始動にあたり、複数の研究チームそれぞれが改めてこれまでのトライアルの進捗、実験結果を持ち寄って突き合わせた。高頻度でディスカッションを重ね、エンジニア各自が手を動かし続けると同時に他社や海外の研究資料や文献を読み、目前の研究に反映することも欠かさなかった。50年前に当社が初めて技術を確立したPAI合成の「イソシアネート法」をベースとし、長期に渡る研究で積みあがった知識と膨大なデータによって新たに解明した事実も多く、少しずつ、しかし着実に目指すところに近づいていた。
そして開発開始から3年、ついにNMPフリーを実現する合成条件を解明した。NMPより圧倒的に毒性が低い溶剤を用いても、従来の特性に匹敵するPAI溶液を開発したのである。非NMP溶剤は溶解性が低く、溶液になったときには常温で変化してしまう課題があった。この課題に対して、溶液の安定性を上げるプロセスを合成時に組み込むことで、高い性能を保ったまま樹脂溶液化することができたのである。これまでに蓄積した知見からこのプロセスに着目したことこそが、結果として今回のブレイクスルーポイントとなった。

今後の展開

現在「NMPフリーPAI樹脂」は、あるメーカー様のトライアルにて無事に合格の評価を受け、急ピッチで量産に向けた体制を整えている段階だ。
また「NMPフリーPAI樹脂」には、従来品同様、有機溶剤で希釈調整するタイプを主軸に、用途に応じた特性もつさまざまなタイプを設定している。なかでも、水での希釈が可能な水溶性タイプは、有機溶剤の使用量が僅少で済むためVOC削減に効果的だ。食品に接触する厨房器具などへ安心して使用頂くために、FDAに準拠しているグレードも用意している。
「安全な溶剤を使って溶液製造が確立されたことで、世界中でPAIが安心して使われるようになってほしい」。今回の開発に携わったエンジニアは、そう率直に願っている。
人体や環境へ影響を与えるNMPの毒性に関し、日本ではまだ認知や危機感が低いのが現状だ。しかし近い将来、世界各地で安全性や環境への負荷を低減が必要となる時代がくると思われる。当社では、NMPフリー品の量産化、展開を拡大し、今後も安全性、環境負荷低減を進めていく計画だ。

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